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調査内容

方広寺で五百羅漢の森を巡る

大河ドラマの影響で龍潭寺など浜松の様々な寺院にスポットライトが当たる昨今、今回は北区引佐町にある方広寺を調査。その歴史、由来から境内に点在する石像の秘密まで研究した結果をご報告致します!

方広寺とは、臨済宗方広寺派の大本山。1371年にこの地の豪族奥山六郎次郎朝藤(おくやまろくろうじろうともふじ)の開基により、後醍醐天皇の皇子、無文元選禅師を開山として創建されたといわれています。

本堂までの道のり

五百羅漢

車を降りてまず出迎えてくれたのはこの石像。

方広寺羅漢1

境内に足を踏み入れるや否や、木々の間や石垣の上など至る所に石像があり、よく見ると一つ一つ表情やポーズが違います。

方広寺羅漢2

この石像は「五百羅漢」と呼ばれるお釈迦様の弟子を模したもの。釈迦入滅後、教典編纂の第一結集、第四結集に500名の仏弟子達が集まったことに由来します。

大本山である方広寺には多数の羅漢様が安置されており、「御開山無文元選禅師が故事にちなみ、当山に五百羅漢の石像を安置することを発願されました。多数の方に寄進を願い、明和7年(1770)、500体の羅漢さまが安置されました。」という旨の記録も残っています。

すべて見て回ると、必ず自分に似た像が見つかるとも言われているそう。

方広寺羅漢3
なんだか楽し気。これはハマラボ研究生に似ているかもしれません。

三重塔

駐車場の付近には、三重塔がありました。

方広寺三重塔1
本堂からは少し離れていますが、こちらは1923年、1918年より9年間方広寺の管長を勤めた故間宮英宗の発願で京都の篤志家、山口玄洞氏の寄進により建立されたもの。
山口氏は大阪の羅紗問屋として、第一次世界大戦停戦で倒産者が相次ぐ中も社業を発展させており、この三重塔は「倒産よけの塔」として全国の財界人がお参りに来ているそうですよ。

方広寺三重塔2
故事を知ってから見るとより堂々とした佇まいに感じます。

駐車場からは、ゆるやかな下り坂になっていました。
遠くに本堂が見えます。

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