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調査内容

井伊家の氏神、渭伊神社・天白磐座遺跡

井伊家発祥の地、北区引佐町井伊谷。
今注目を集める井伊谷地区に、井伊家の氏神を祀った神社と、古代から伝わるパワースポットがあるってご存知ですか?
今回は、渭伊神社と天白磐座遺跡を調査!

渭伊神社とは?

渭伊神社とは、北区引佐町井伊谷に位置する、井戸や、井水を祀った神社です。

渭伊神社_入口

浜松八幡宮と同じく、玉依比売命(タマヨリヒメノミコト)品陀別命(ホンダワケノミコト)(応神天皇)息長帯比売命(オキナガタラシヒメノミコト)(神功皇后)を御祭神としています。

玉依比売命(タマヨリヒメノミコト)って?
海の神、水の神、聖母神であるとされる女神です。日本神話では海の神の娘とされていますが、タマヨリヒメという名は、タマは神霊、ヨリは人間に憑くことを指すため、地域に祀られている神の妻となった巫女を神格化したものという説もあります。ご利益は、子宝、安産守護、豊作豊漁、商売繁盛など。

品陀別命(ホンダワケノミコト)(応神天皇)って?
5世紀前後ごろの第15代天皇であった応神天皇です。文武の神であり、「八幡様」として広く知られています。国家鎮護や成功勝利、悪病災難除け、子孫繁栄などやはり武神としての信仰に厚く、全国に3万以上あるといわれる八幡系の神社は、この品陀別命とその母、息長帯比売命に玉依比売命を加えた3柱を八幡三神として祀っていることが多いです。

息長帯比売命(オキナガタラシヒメノミコト)(神功皇后)って?
第14代仲哀天皇の皇后、神功皇后です。三韓征伐物語の中心人物であり、妊娠中に新羅に遠征、新羅降伏後筑紫に帰り、品陀別命(ホンダワケノミコト)(応神天皇)を産んだといわれています。聖母神、武芸の神として知られ、ご利益は安産、学業祈願、厄除け、家内安全など。

創立の年代は不明ですが、平安時代に編纂された歴史書、「日本三大実録」には、「貞観八年十二月二十六日授遠江 国正六位上蟾渭神」とあるため、少なくとも貞観八年(866年)には官位を授かるような、由緒ある神社であったことがわかります。

渭伊神社_由緒

元々は龍潭寺境内にあった渭伊神社ですが、南北兵乱の際に現在の場所へと移されました。

境内入ってすぐにある手水舎。
改修されたばかりのようで新しくきれいでした。

渭伊神社_手水舎

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