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調査内容

蜆塚遺跡で歴史を学ぶ

浜松市中区蜆塚にある蜆塚遺跡。浜松市周辺に住んでいる方の多くは知っているかと思います。私も高校生のころ、見学として蜆塚遺跡へ行きました。
改めていってみると、勉強になることがたくさんありましたよ。

蜆塚遺跡入口
蜆塚遺跡には4つの貝塚があります。
古くから蜆塚の地名で知られていましたが、名前の通り主にシジミの堆積による貝塚で、堆積が1.5mほどに達する箇所もあります。周辺からは、二十数軒の住居跡や30ヵ所ほどの墓が発見されました。
発掘調査の結果、貝塚に近接した地域に長方形の床面のある住居跡が群在し、首飾りや貝製腕輪を身につけた人骨なども見つかっています。

蜆塚遺跡貝塚1

貝塚に残る貝殻の9割以上がヤマトシジミである、ということから縄文時代、佐鳴湖は太平洋に通じる長い入江であったと考えられています。
また、ハマグリの貝殻も発見されたことから、海岸などの入江に砂浜が広がっていたとも考えられているそうです。
一説によるとその佐鳴湖南岸にあった砂丘の発達と、海岸線の後退により入江がふさがれて、佐鳴湖は淡水湖となった・・・と言われているとか。
あくまでネット上で調べたものなので真相は定かではありませんが、もし本当にそうならば納得の理由ですね。

見つけられた土器の形や模様から見るに、蜆塚遺跡は約3~4,000年前の村といわれています。
また、貝塚は貝殻のほかに、動物の骨や武器の骨組みなども見つかったため、その昔はゴミ捨て場として使われていたのではないかという説もあります。

蜆塚遺跡貝塚2
これだけ見ると貝殻の破片にしかみえませんが、昔のままの貝がずっとそのまま残っている、というのもよく考えたらすごいことですよね。

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